西中校区近代化産業遺産



別子銅山は,かつて日本の三大銅山の一つといわれていました。私たちは,その別子銅山関連の近代化産業遺産を紹介します。


西中校区略地図

別子銅山とは・・・別子銅山は,足尾銅山と日立銅山とともに日本三大銅山の一つに数えられ元禄4年(1691)開抗以来昭和48年(1973)の閉山まで,283年間の永きにわたり,一企業=住友によって営々と採鉱されました。元禄11年(1698)には,年間産銅量1500t以上を記録するなど,当時世界最高の産銅量を誇る銅山でした。閉山までに,通算615万トンもの銅を産出したこの銅山は,新居浜を四国屈指の工業都市へと導きました。
(参考資料 東平のぬくもり 発行:新居浜市役所観光開発化)

@星越地区西洋館
      西中より徒歩20分

昭和初期に外国人技師のために建築。現在社員住宅として活用。

・とても立派な風格がありました。

・昔に建てられたとは思えないほど近代的な建物でした。

・和風の家に囲まれていて,とても目立つ建物でした。  


A旧住友銀行跡
      西中より徒歩25分

明治34年に建築。現在,住友化学歴史資料館として活用。

・元銀行だったということで,建物の中も,すてきでした。また,昔の自転車 や電話,ピアノなどが展示されていて,感動しました。

・今では見れないような昔の情緒あふれる資料館でした。  


それでは,資料館の中へようこそ



B住友鉄道星越駅舎跡
      西中より徒歩15分     

大正14年開設。現在,企業の資材倉庫になっている。

・木で造られた駅で,とても風情があった。

・昔は,よく利用されていたんだな,と思いました。この鉄道も,銅山の発展 を助けたのだと思った。


C旧住友倶楽部跡
      西中より徒歩10分

昭和12年建築。現在,企業の研修場所として活用されている。

・外から見ると,立派な現代の建物という感じだったけれど,中は,木の扉が あったりして,昔を感じさせる建物でした。

・住友でとられた金があったので欲しかった。


D星越社宅群
      西中より徒歩10分から15分

昭和初期に建築。戦前の郊外住宅として,学界でもクローズアップされており,現在も社宅として活用されている。

・本当に,今の建物か,というくらい古かった。

・一軒一軒,木で囲まれていて,とても古い造りだった。

・昔を思い出した。

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