

一発屋とは・・・一曲のヒットだけで、その後が続かずに鳴かず飛ばずになってしまった人・グループをいう。完全に消え去った人・グループもいるが、突然TVの特番などに出演する人もいる。懐かしさと共に"痛さ"を感じる場合があり、完全に忘却してしまうのは惜しい存在ではある。一発でも当てるのが、難しい芸能界で少なくとも一発は当てたのだからある意味幸福かもしれないが、その後の落差を考えるとそうもいっておられず複雑な境遇といえよう。
「飛んで飛んで飛んで〜」の繰り返しが、印象的なこの曲は第九回世界歌謡祭のグランプリ曲である。しかもJALのCM曲でもあった。この恵まれた環境でスタートを切ったからには、その後の歌手活動は順調かと思われたが、あっさりと失速した。
歌は上手であるしキャラも悪くは無いのだが、ヒット曲の無い歌手は出番が少なくなりやがてTVなどでは見かけなくなる。これが演歌の場合だと一曲のヒットで十年は食えるらしいが(ドサまわりというやつか)ニューミュージック界ではそうもいかない。
ただ円広志の場合は、しぶとく復活をして現在は他の人に曲を提供したり(森昌子の"越冬ツバメ"がそうである)関西地方のTVによく出演している。ご存知「探偵ナイトスクープ」のテーマ曲は彼の作品である。やはりトークに捨てがたい魅力があるのだろう。なお円広志とやしきたかじんのコンビは下手な漫才コンビより数段上でありM−1グランプリに出場したらかなりなとこまでいくであろう。
歌いだしの「あーあー果てしない夢を追い続けーえ〜」のハイトーンボイスが印象的なこれまた世界歌謡祭グランプリ受賞曲である。ツインボーカルが特徴のバンドであったが、この一曲であっさりと消えた。
このレコジャケ向かって右側の人が、かなり高音域を歌っており髪形がご覧の様にカーリーヘアーである。当時売れっ子漫才師B&Bの島田洋八もカーリーヘアーであった。(何の関連もないが唐突に思い出してしまった)さてこのボーカルについてだが、 歌が上手過ぎるというのは長所であり短所でもある。鑑賞するのにはいいが、口ずさんだりカラオケで歌ったりするのが難しいからである。よって口コミによってじわじわと広がることが期待薄になってしまう。
だいぶ前の缶コーヒーのCMで、再びこの曲が使われていた。その時わかったのがすでにバンドは解散しているが、カーリーヘアーのボーカルの人がソロで活動しているらしい。夢よもう一度なのであろう。さて再び夢は訪れるのか?
またまた出ました世界歌謡祭出身の一発屋。唸る様に歌うのが印象的な伊丹哲也。このレコジャケからは少しわかりにくいけれど当時流行っていたなすび型のサングラスをつけていた。よって素顔がどんな顔をしていたのか、実はさっぱり記憶に無い。それにバックバンドは、”Side
By Side ”という名前だったのだが、これまたさっぱりどのような構成だったかも覚えていない。文字通り一発で消えてしまった面々である。
おそらく本人たちは、これを機にスターダムにのし上がろうとしたのだろうけれど二曲目以降が、話題にすらあがらない状況は、かなり冷酷である。通常デビュー曲の勢いが残っている間に第二弾を発売して勢いを持続させていくのであるが、それが続かなかった場合は、落ちていくしかない。舞い上がることも大事だが、高度を維持することも同様に大事である。さてこの一発屋今頃はどこで何をしているのか?アイドルで無かっただけに"あの人は今"のTV番組に出ることもない。
トムキャットは個人の名前かそれともバンド名かよく分からないままにあっさりと姿を消した。覚えているのは、ボーカルの女の人が小柄な人で、背伸びをするかのごとくにキーボードを弾いていたことと顔の大きさに反比例している大きさのサングラスをつけていたことである。
それでこのレコジャケを見ていて唐突に世界歌謡祭はYAMAHAが主催だったことを思い出した。だからおなじYAMAHAが主催しているポプコン受賞者が、同じく出演しグランプリをとっていたのだった。まさに"一発屋の宝庫ポプコン"である。
ポプコン優勝者は、その時は話題性で人気が盛り上がるけれど大体後が続かず、上昇した時と同じスピードで下降していくのが通常よくたどるコースである。その中で数少ない例外が「中島みゆき」である。彼女以外に人気が長く続いた例はあまり記憶が無い。
なおこのトムキャット数年前のTV番組によると鉄工所で溶接工として働いていた。職業上の必要性からやはり大きなサングラスをしていた。うーんやはりというべきか。
この歌い手の伊藤敏博は、この曲が売れている時は、確か現職の国鉄勤務だったと思う。(それにしてはこの長髪、当時の上司がよく許したなあ)それで当時のTV番組"ザ・ベストテン"で国鉄の職場"駅のプラットホーム"でこの「サヨナラ模様」を歌っていた。
それで国鉄が、丁度JRになったのを機に退職したはずだ。さあこれから歌手活動に本腰を入れようとしたが、その後がさっぱりで見事に「一発屋」の仲間入りをしてしまった。
曲調は昔のフォーク調の弾き語りで、地味といえば地味だった。やはり時代にそぐわなかったということかもしれない。
定職がありながらシンガーソングライターもするのは、うらやましいともいえるが、国鉄職員という堅い地味な職業の人が兼任するから話題になるのであって、歌だけで勝負となると多分にその作用は無い。こうなってくると一曲の歌が売れたのが幸せっだたか不幸せだったかその判断はわからない。
ハーモニーの綺麗な女性デュオだったが、見事に一発で消えた。正確にいうとレコジャケ向かって左側"岡村孝子"のほうは、コンビ解消後にソロデビューを果たし「はぐれそうな天使」「夢をあきらめないで」などのヒットを飛ばしOL達の間で大いなる支持を得る。 その後ジャイアンツの選手と結婚したところまでは知っている。
やはり曲を作れる才能は強いのかこのような例のコンビやグループ解消後に曲作りを担当していた人だけが生き残るパターンは多々ある。(その場合解散は正解といえるのかな?)ただ女性コンビの場合"結婚"の問題は避けて通れない大問題であろう。
なおこのデュオ名「あみん」は、さだまさしの曲「パンプキンパイとシナモンティー」に出てくる喫茶店名「安眠(あみん)」からとったらしい。更に付け足すとそれはアルバム「夢供養」の中の曲で、白状するとそのLPを私は持っている。ハハのハ。
80年代頃男性デュオはたくさんいた。思いつくままに挙げてみると、ふきのとう・とんぼちゃん・BAZZ・H2O・バンバン・グレープ・オフコース…そして現在まで存続しているのは、チャゲ&飛鳥くらいか。
大体のパターンはお互いがギターを持って、リードボーカル担当側とハーモニー担当側に分かれていて、作詞・作曲はリードボーカル担当者が多かった。そしてコンビ解散後は、曲作りを担当していた者が、何とか生き残ることが多かった気がする。
ところでこの”雅夢”であるが、この”愛はかげろう”以外にヒット曲を知らない。(だから当然一発屋なのだけども)そしていつコンビ解散したかも知らない。女性コンビなどは、大体結婚を理由にコンビ解消をするが、男性コンビの場合は「音楽の方向性の違い」などというとってつけた理由が多い。方向も何も一曲しかヒットしなかった場合にその理由付けが難しいのは確かであろう。
作詞・作曲を自分でした割には、自分の音域を把握してなかったのか、見事に外している。こういうシンガー・ソングライターも珍しい。
舌足らずの声が、特徴的なこの歌手一発屋の典型でこの曲以外全く知らない。この前TVの企画番組”あの人は今”みたいなものでこの堀江淳が出ていた。それによるといまだに歌手を続けているのだが、どうも街角でゲリラ的にライブを敢行してCDを手売りしているみたいだった。
やはり一度脚光をあびたらその味が忘れられないのだろうか。そういえば、他の”あの人達は今”の番組でスポットライトを浴びた快感は何物にも変えがたいと誰かが言っていた。まあそんなものであろう。
「現在・過去・未来」のフレーズが印象的な渡辺真知子であるが、このような曲も発表していたんですね。「現在・過去・未来」があまりにも売れたために(確か”迷い道”というタイトルだった)一発屋の範疇に入れてしまったのだが、よく思い出してみると”唇よ熱く君を語れ”などもあって純粋な一発屋で無く、”準一発屋”の範疇ですね。
おまけにちょくちょくB級のTV番組(旅番組レポートが多い)やバラエティーで見かけることもあって”なかなかしぶとい一発屋”の範疇でもある。
それでこのレコードのタイトルであるが、なんかおかしい。かもめは鳥だからもともと翔ぶのが、あたり前である。海亀が翔んだのならビックリもするが、かもめならば、「それがどうした?」と聞き返したいところである。中島みゆきの「かもめはかもめ」のタイトルといい、どうやらタイトルに「かもめ」を使う時は、無茶をしがちである。
一発のヒット曲にしては、この曲は以外と息が長い曲で「ダンシング、オ〜ルナイト」と妙な節回しで、カラオケで歌っている人をちょくちょく見かける。おまけに大概は、アクション付きなのでカラオケでこの曲がかかると「う、来た」と覚悟して身構えておかないと神経をやられてしまう。
それで”もんたよしのり”の曲は正直この曲以外全く知らない。そんなもんだから”ブラザーズ”というバンドなどは、今となってはどんなメンバーであったかは、ほとんど記憶にない。
ところで日本においてハスキーボイスは、なかなか難しいポジションなのか定着している人をあまり見かけない。強いてあげれば「森進一」くらいか。ブルースとハスキーボイスの組み合わせでなく、演歌とハスキーボイスいうところが日本的ではある。なお、”もんた”の本名は”門田頼命”で字面だけみると歴史上の人物みたいであるが、たぶん人名辞典には出ていないだろう。
こういってはなんだが、原田真二は歌が下手である。アイドル顔で得をしている部分もあるが、いくら弾き語りをしていてもレコードだけを聞いていると苦痛であった。
このレコジャケでは違うが、一時期カーリーヘアーにして”アイドルロッカー”として売っていたが、ロッカーには程遠くどちらかといえば”おぼっちゃま”みたいな印象があった。ただ当時世良公則&ツイストと並び歌謡ロックのジャンルがあったのか、範疇としてはそこにはめ込まれていた様だ。
ギターやピアノが弾けるアイドル的存在であったが、アイドルとしては中途半端、シンガーとしては歌唱力不足であっさりと消えていった。
現在でも細々と芸能生活を続けているらしく、松田聖子のバックバンドでギターを弾いていたのにはビックリした。なかなか顔に似合わずしぶとく残っているではないか。私が見た時は髭をたくわえていたが、あまり似合っていなくてまたまたガッカリ。
ペガサスの朝というタイトルが、まず分からない。ペガサス=天馬だろう。その朝だからどうしたの?だったら”ケンタウロスの朝”でも”ユニコーンの朝”でもなんでもいいのではないか。
そんな疑問を持っていたものだから案の定あっさりと消えた。北海道出身らしいが、当時は松山千春が北海道を売りにしていたし、カーリーヘアーでは、そのころ笑福亭鶴瓶が有名だったしひき語りのスタイルは、これまた別段珍しくも無く、さらに自分自身のことを”五十嵐”と呼ぶのは、すでに矢沢栄吉が自分自身を”YAZAWA”と呼んでいたので、インパクトは弱く個性も埋没しがちで、さっぱりイマイチなのですね。
さて、ペガサス=天馬ならば当然一発屋アイドル”天馬ルミ子”を思い出す。残念ながら私は、レコードは持っていないが”教えて神様”という曲は、覚えている。五十嵐浩晃にはすまないが、一発屋連想つながりでセット扱いになってしまうわけです。
2H + O → H2O は、化学の時間に習った。それがこんなところでお目にかかるとは、懐かしいですなあ。
さてこの二人上記にある雅夢と同様に男性デュオの一発屋である。この曲はアニメ「みゆき」のテーマ曲だった。「古いアルバムの中に想い出がいっぱい」と唄っていた頃は、まさか自分たち自身がすぐに”想い出”になろうとは、思ってもいなかったに違いない。H2Oだけに人気は”水もの”だったわけですね(親父ギャグぽくってスマン)。
ただありがたいことにタイトルに”想い出”というノスタルジックなフレーズを用いている事から卒業式などでそれこそ「想い出した」ように使われる時がある。タイトルをうまくつけたために細々とでも生き延びている好例である。これが「みゆきのテーマ」だとこうはいかなかっただろう。
(鶴光師匠は一発屋では無いが、このコーナーに入れさせてもらった)土曜日の深夜といえばオールナイトニッポンである。昔は南海放送が中継してなかったので、ラジオの電波状態はよくなかったが、お目当てのコーナー「ミッドナイトストーリー」を聞く為にチューニングを必死で探し当てたものである。
さてこの鶴光師匠の放送、全編エロネタ満載である。当時の社会風俗秩序からすれば、それは画期的であり多感で純情な少年であった私からすれば、聞き逃す事など到底考えられないシロモノであった。大体視聴者が電話に出た時にいきなり「○頭の色は?」と聞くような番組だからインパクトはあった。
それでこの曲だが、効果音が巧に取り入れられておりこのような曲風にしては、それなりに売れたのではなかったか。なおB面は「ももえちゃん」になっているが、これはもちろんあの「山口百恵」を意味しています。
いわゆるコミックソングの類である。全編河内弁で唄われているのがミソであるが、やはり荒々しい印象は拭えない。ミス花子と名前をつけているが、実態はむさくるしいおっさんであった。
「やんけ」「おう、われ」など大阪弁の悪い部分を強調しているようであるが、これは大阪弁の中でもガラの悪い部分をかなり押し出しており、これらをひとくくりにして大阪弁と言うのは、大きな誤解である。
船場あたりの言葉は、かなり柔らかい言葉遣いで(これをやりこいといいます)人あたりもよろしいことを付け加えておきたい。
なお、ついでに付け加えておくとこの唄のイントロは清水健太郎の”失恋レストラン”とかなりよく似ている。それと曲の内容はともかくこのジャケットは、意外と私は好きですね。
ポプコン出身者は一発屋が多いのは事実であるが、それでもそこそこの実力者ではあると思う。売れる売れないは”運”にも左右されるから一発屋で終わったからといって実力が無かったわけではないだろう。第一実力が無かったらポプコン本選で優勝できないわけですね。
どんな法則にも例外があるようにこの”アラジン”というグループ全く実力が無いにもかかわらず何故か本選で優勝してしまった例外バンドである。デビュー曲の「完全無欠のロックンローラー」も???であったがこの曲も???であった。こんなものでよいのかと思っていたら、デビュー曲は優勝の勢いでまあまあ売れたが、案の定2曲目のこの曲はさっぱりであった。おまけにリーダー高原は何故か矢沢永吉を意識しすぎていたが、どう見てもコント赤信号の当時のネタ”暴走族のアニキ”にしか見えなかった。なるべくしてなった一発屋であり、なぜ本選で優勝できたのかさっぱり分からない。