高岡神社(仁井田五社)
由来記(内容は神社の案内板を引用しました)
 伊予の国豪族の河野氏の子孫が一族の争いから逃れ、仁井田郷(今の窪川町)に来住し、土豪の仁井の翁と共に一帯の土地を開き、安住の地とした。
 そして、祖神を祀ったのが仁井田大明神で、仁井田郷の総鎮守の神社とした。
 天長三年弘法大師が四国霊場の札所として境内に福円満寺を創建し五つの社に分け、一の宮に不動明王、二の宮に観世音菩薩、三の宮に阿弥陀如来、四の宮に薬師如来、五の宮に地蔵菩薩を祀り、神仏習合の五社大明神と改められた。
 江戸期に入ると、山内忠義土佐藩主は、神殿改築や金幣を奉納するなど武運長久を祈念し嵩敬神とした。
 社宝として、豪勇中西権七の所持したと伝えられる長刀や井溝発掘中に出土した弥生期の古代銅鉾のほか、伝世品としては四国で一番古いという古瀬戸瓶子が納められている。

 下の写真は手前分岐点にあった道しるべ(三十七ばん、五社三丁)があり当時は37番札所であったことがわかる。
 五社の鳥居を並べてみた。道路に沿って鳥居が五つ並ぶ不思議な世界です。
 
  

  


   

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