阿波町岩津
阿波町の吉野川に架かる岩津橋の側にかって船着き場であった岩津があります。
この近辺に下記の石碑が散在しています。歩いても直ぐ近くです。
左 古代(神代)文字の歌碑
岩津橋のたもとに壮大な花崗岩(かこうがん)で創られた歌碑があります。この歌碑は、郷土の歌人「岩雲花香翁」(いわくものはなかおう)が孝明天皇に拝謁後、その感動を全国遊説中に長門国下関で大花崗岩を発見し、自作自筆して彫刻させ郷土へ運搬し文久2年8月(1862)自ら指揮して建設したものです。歌碑は古代文字で建設の趣旨と昔から岩津の淵の主と呼ばれている大鯰の歌を彫刻しています。
歌の主旨は、『昔から岩津の淵の主と呼ばれ恐れられている大鯰は、時々波間に出てくるが悪いことをするものではなく愛すべき土地の宝である。人間も常時は俗間に認められぬが、一朝ことある時は国家社会に貢献する特異な存在を認められ永く敬慕伝承されるもので、そのような人物になってもらいたい。』という意味だそうです。以上、阿波町教育委員会の文章を引用 古代(神代)文字=ハングル語のようです。
中 光明真言二百万遍供養塔
明治の初め、遍路が土佐に入れない三国参りの頃、仙遊寺の住職がここで病に倒れ、船宿に逗留、お陰をもって回復し明治十二年に建立されたようです。供養塔は作礼山の方角を向いており遙拝の意味もあるようです。
右 普門品一萬遍供養塔
大正十二年建立の供養塔です。普門品とは観音経の一部分です。左に「天下泰平國下安全」と刻まれています。
中、右の石は阿波の青石で薄く平に割れる特徴があり、伊予西条の青石とは少し違うようですが縦方向には丈夫なようです。

  

下の写真は岩津の船着き場の石碑で左手は立徳碑で上に常夜燈の下部が見えます。
右は常夜燈とバックは岩津橋です。時代の変遷を伺い知ることが出来ます。
  

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