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このお話は、今からおよそ200年くらい前(江戸時代終わりころ)のことです。そんころの別子銅山では銅をいっぱい掘りよったけん、大勢の人が働きょった。山の中じゃのに18.000人もの人が住どって愛媛県でも一番大きな町じゃったんじゃと。ほじゃけん働く人や、物を売る人、それに見物する人までが大勢山に登りよったんじゃそうな。そん人らは、喜光地や、山根、立川あたりにようけあった宿に泊まって、次の朝、山に行きよったんじゃと。 ある夏の日の夕方のことよ。讃岐(香川県)からきた金魚売の多助は、大きな声で「金魚えー、金魚っ、金魚えー金魚っ」と金魚を売りもって、山根まで来たけんど、ここらで休んで、明日山へ登ろうとおもい、洪水(山根郵便局あたり)にあった宿に泊まったんよ。 さっそく金魚を大きなタライに移しちゃると、今まで狭いところにはいっとった金魚は広いところへ出たもんじゃけん、喜んで元気に泳ぎまわっとる。多助は自分の部屋に入って、晩御飯を食べとった。 そしたら、何やらタライのそばに赤い紐のようなものがくっついて、動っきょるようじゃ。それに気がついた宿の主人の五助が「おやーなんじゃろ?」と、タライに近づいてみると赤色のこんまい蛇じゃった。こんあたりじゃ、あんまり見かけん赤蛇じゃが、どうやら金魚をねろうとるようじゃ。金魚は、こわいんかじっとして、よう泳がんようになってしもうとるが。赤蛇は「シメ、シメ。」と赤い舌をペロペロと出して、金魚をねろうとる。もう何匹も食べとるようじゃ。 五助は「これっ、お客はんの大事な金魚をなんちゅうことするんじゃ」と、怒って赤蛇のしっぽをつかんでぐるぐると、何べんもなんべんも、まわしたもんじゃけん、赤蛇はとうとう目まわして、ぐったりなってしもうた。五助はそれでも気がすまんのか石で赤蛇の頭をたたき、そばの川へポイと投げ捨ててしまいよった。水には流されんかったが、石垣にひっかかってぐったりしとる。さあ、どうなったんでしょうか? その晩のことよ。どないしたんか、五助が急に高い熱を出して苦しみだした。普段はなんせ元気な人じゃったもんで、みなは不思議がってお医者はんにも診てもろうたが、わけがわからん。二日たっても、三日たっても、なんぼええ薬を飲んでも、高い熱とひどい痛みはどうにもとれん。こうなったら神様や、仏様にお願いして助けてもらうよりほかにしょうがないと思い、八大竜王さまという神様を一生懸命拝んだんよ。そしたらお宮の巫女(神様に仕える女の人)がゆうのには、「その赤蛇は神さまのお使いじゃがね。それをいじめたんじゃけんその『たたり』じゃ。五助もこれでこりたじゃろう。おわびに小さい祠(小さいお宮)を建てて、その中にお米をそなえ、線香をあげてお参りしなされや。 すぐにいわれたとおりにすると、あれほど高かった熱も、ひどい痛みもケロット、うそのようになおって、五助はもとのように元気になったがや。 それから後は、赤蛇を見たちゅう人はおらんけんど、この赤蛇祠(ほこら)の話は今でもこうして語り伝えられています。 ![]() ![]() ほこら 挿絵:篠原信二 |
![]() 坑道 |
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![]() 銅の堀場 |
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![]() 銅の鉱石 |
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![]() 銅山に咲くつがざくら |